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韓国語がんばってます〜

  1. 2013/08/31(土) 02:36:01|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
今年の4月から韓国語を習い始めました。

で、こないだの授業でハングルのカルタをグループに分かれて読んでいたのですが、先生が珍しく柳眉を逆立てて

「アンジュングンを知らないの?」

と他のグループの生徒に仰ったので、何事かと身構えていると、ホワイトボードに「安重根」と書き、

「安重根は伊藤博文を暗殺した人ですよ。知らないの?韓国では安重根義士とも呼ばれて英雄なのよ」

と言い、「まあ、韓国人は歴史を語るのが好きなのです」とこの話については終えられました。


先生のお話を聞きながら、ふと、北京留学時代の一齣を思い出しました。
それは、仲良くなった韓国人留学生の曹ちゃん(女性)と一緒に留学生宿舎の共同炊事場に行ったら、
韓国人男子留学生に挑まれたことでした。


韓留学生「日本人は他国の歴史について疎い。韓国の歴史の始まりを言ってみなさい」

けろ「え、えと……新羅・百済・高句麗かな?」

韓留学生「違うね。檀君から始まるんだよ」


曹ちゃんはハラハラするし、私は当時論争は全く不慣れのうら若き乙女で、
「日本の世界史では神話は歴史としては扱わないのだ」という旨のこともうまく説明できず
(これはこれで相手の怒りを更に買ったことでしょうが)、焦ってしまいました。


とりあえず、ちょっと話をそらそうかなと思い、別の話を振ってみました。

けろ「ところで、何で中国に来たの?」

韓留学生「あの、実は家にお金がなくて、統一協会に入信して、そのお金で中国に来たんです。ごめんなさい」

……と韓国人男子留学生は青菜に塩とばかりに、急に悄気返って謝ってきたのでした。

未だになぜ方便として統一協会に入信したことを私に謝ってきたのか、よく分かっていないのですが、

韓国語の先生の話や留学時代のエピソードなどから、
日本と韓国の歴史観はどうも違うようだと思い知らされたのでした。
どのように異なるのか今は言語化できませんが。


ところで

中国最古の漢字字書『説文解字』では「史は事を記す者なり。又(手)の、中を持するに従う。中は正なり」とあって
史官が物事を記すときにその中正を守る意味であると解説しています。

ちなみに、『説文解字』の説は王国維や内藤湖南『支那史学史』で否定されており、
「史」のなかにある「中」は「中正」ではなく、祭祀で矢を射るときの矢を数える算木であろうとされています。

『説文解字』の記事は間違いなのかもしれないのですが、漢代の字書の説明ですから、
これが中国の文化を色濃く受けた韓国の知識人に共有されていた可能性はあったことでしょう。

また『春秋左氏傳』宣公二年の記事にも、史官が事件そのものを記すよりは、王の行為を評価して書くという内容の記事があります(注)。


ある事件に評価を加えるて書き記すというのは大変な行為だと思うのですが、国や文化が違うと正しさも評価も異なるわけで、
その時にどういう風に振る舞うか、話し合うのかについて考えさせられてみたり。


(注)『春秋左氏傳』宣公二年
乙丑 趙穿攻靈公於桃園、宣子未出山而復。大史書曰「趙盾弒其君」。以示於朝。宣子曰「不然」。對曰「子為正卿。亡不越竟、反不討賊。非子而誰」。宣子曰「嗚呼、『我之懷矣,自詒伊慼』其我之謂矣」。孔子曰「董狐 古之良史也。書法不隱。趙宣子 古之良大夫也、為法受惡。惜也、越竟乃免」。

ざっくりまとめると

史官である董狐は「趙盾が君主を殺した」と記した。しかしながら趙盾は実行犯ではない。董狐は評価して「趙盾は宰相だから、君主が殺された責を負わない以上は君主殺しである」と趙盾を責めたのです。


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